日々のつれづれその3

細々と続けてみる。

ひさーしぶりの、用賀

agli-32012-12-24

12月23日(日)

髪を切りに溝口に行った帰り、気になっていた世田谷美術館松本竣介展を見に、用賀へ。

駅から世田谷美術館がある砧公園まではちょっと距離があるのだけれど、用賀プロムナードという凝った道を歩けるから楽しいのでした。
社会人になった時に働いていた会社が用賀にあって、この道が通勤路だったので懐かしさも感じてみたり。

百人一首もせっかくだから覚えられたりして?なんて思っていたけれど全然だったなー。(毎日朝礼で読まされた般若心経も覚えられなかったし)。

用賀って建物が低いからすごく安心する。
もちろん3階以上の建物もあるのだけれど、すごく少ない。
駅に近いのにいいよねえ。

バス停横の鳥を通り抜け

砧公園へ

寒いのに、ちびっこがたくさん遊んでいた。
近くにこんなに大きな公園があるのもいいよねえ(とうらやましがってばっかり)。

さて、到着。


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松本竣介は、1912年に生まれて戦争の時代を生き抜き、戦後3年で36歳で亡くなるまで絵を描き続けていた洋画家。
中学1年生の時にかかった病気により、耳がまったく聞こえなくなってしまったので戦争に行くこともなく、絵を描き続けていたのだそう。

途中で展示してあった彼の写真をみたら、あまりに今の世の中にいそうな雰囲気で服を着ていて驚いた。
しかも童顔で、人当たりがよさそうな感じ。ポイント高し。

23歳で結婚した後、奥さんと一緒に出した雑誌「雑記帳」に書いてあったエッセイもおもしろかったな。
ゆっくり彼の本を読んでみたい気がする。出ているのか?


疎開中の5歳ぐらいの息子に向けて書いていた手紙も、ちびっこ向けなのに楽しく読めた。
すべてカタカナで、絵まで書いてあって、「角の店がアメリカ兵の店になった」とか。
絵も文章も書けるのっていいよねえ、なんてちょっとずれたことを思ってみたり。

絵は「青の風景」とか、「盛岡風景」とかに使われていた青色がすごく好き。
青の風景の隣にあった「茶の風景」はシックでこれまた好き。

後は、後期の戦時中は土の中に埋めていたという赤色の絵の具で描かれた絵にもひきつけられた。
あの赤色!また見たい。

5歳の息子の絵を下絵に起こして油絵にした絵もかわいかったなー。
もしどれか1つもらえることになったら(あるわけないけれど・笑)、子どもタッチの像の絵、欲しいなあ。
なんてね。

近場で混んでいなくてのんびり絵を見れたので満足の休日。

松本竣介
場所:世田谷美術館
期間:2012年11月23日-2013年1月14日(月曜と年始年末休館)
時間:午前10時〜午後6時

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ツリーは、用賀駅横の世田谷ビジネススクエアエスカレーターを降り切ったところにあったもの。