2006年7月29日 (土) 墜落遺体
日航機墜落においての、
遺体を遺族に引き渡す、
「警察と医者と看護婦たち」
からの視点で描かれた本でした。
日航機墜落というと、私はたった5歳だったので自分の記憶としてはあまりないのです。
毎年テレビでみる御巣鷹山への慰霊登山とか、それにコメントをする祖母や母の話をきいてとらえていたというふしがあります。
御巣鷹山が群馬にあったというのもあまりリアリティをもってとらえてなかったのですが、私は大学が群馬だったので、そして、群馬県全部の市役所町村役場に電話をかけるバイトなんかしていた経緯があったので、前橋に住みながら少しずつ、御巣鷹山ー上野村の関係を知り、近いところで悲劇があったことを信じられない気持ちでとらえていたように思います。
そんなこんなもあってからもう何年たったのだという感じですが、今回この本を読んだのです。(友達が貸してくれたので!)
驚いたのは、今まで遺族についての悲劇しか知らなかったのに、裏でこんなに辛い役目を背負って、尽力していた人が大勢いたということでした。
私にできるのかと言われたらとてもじゃないけれど、力が足りないように思います。
魂についての考え方の違いについても考えさせられました。
キリスト教の遺族は、「亡くなった人は、もう神様のところに召されて楽になっているはずだから、遺体はみつからなくても固執しない」というスタンスの人が多いのに、日本人はそうではない人が多かったという点です。
たしかに、私が家がつぶれて死んでしまったり、廃墟の中でなにかあって殺されたりしたら「私を見つけて!!!ここにはいたくない。」って思ってしまいそうです。死んだことがないから本当のことはわからないけれど。。。
死んだ場所に置き去りにされたりほっとかれたりすることに恐怖を覚えるのかも。地縛霊になりそうな気がするし。
安心できるところに葬られたいって思いそう。そうしたら、もし、体がなくなって、魂もなくなってこの世から消えて無になれる気がする。
これもひとつの宗教観なんでしょうか?
題名からかなりずれてきたけれど、本当にいろいろ考えてしまいました。
なくなった方たちがみな心安らかに成仏されていることを願います。
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